BRAND BELL(前編)
著者:shauna
「ねえ、瑛琶・・・あなた・・・デートって知ってる?」
冬も始まりかけの10月の初め。
良い気分で朝目覚めて、良い気分で登校し、良い気分で校門を潜って・・・
本日最初の言葉は「おはよう。」ではなく、科学に魂を売った悪魔からのそんな言葉だった。
「・・・瑛琶・・・この爽やかな朝に、何をそんなに項垂れてるの?」
鞄を片手を返して肩にかけ、もう片方の手を腰に当てながら、躑躅森夏音は目の前で悪夢でも見た朝のように頭を垂れ、疲れ切った様相を見せる有栖川瑛琶に対し、本当に言葉通りの不思議そうな様子でそう問いかける。
さて、これから彼女の言葉の意味をゆっくりと紐解いていくことにしよう。
えっと、金曜日に明日は休みだって浮かれて登校してきたら、朝から夏音と会って、デートという言葉の意味を問われた。うん、よし・・・状況整理終了。
でも、そっか・・・男とは縁遠そうな夏音がデートか・・・。
「・・・で? 今回はどんな罠? 」
「む。罠だなんて酷いわね。どうしてそう言う受け取り方しかできないの? 」
「今までの経験かな?あなたが唐突に意味分からないこと言うのは、私を陥れる時か、私以外の誰かを陥れる時しか考えられないもの。」
騙されてなるものか・・・と瑛琶は決意を固くする。
思えば彼女とは高校一年からの付き合いになるが、甘い誘いや無理矢理誘い込まれるかどちらかで被害を受けてきた思い出ならそれだけで数時間は語れる気がする。
うっかり騙された結果、隠し撮りされたブロマイド風の写真が売り出されていたり、夏の夜に校舎内を半裸で歩きまわる羽目になったりしたこともあったのだ。
一年が経過して成長した今、そう簡単にだまされるものか・・・
「大体、何の企みも無しにあなたの方から私に話しかけることなんてないもの。いつもならちょっとした用事でも、科学研究部の部室にまで呼び付けるし・・・。さあ、白状しなさい。」
そう言うと、いきなり夏音はホロホロと泣き出し・・・
「ひ・・・酷いわ瑛琶!!!私のことをそんな風に思ってたなんて・・・。」
ニャー・・・
「私はいっつもいっつもあなたのことだけを考えて・・・」
ニャー・・・ニャー・・・
「東に恋に悩む乙女がいれば、進んで救いの手を差し伸べ、西に告白できなくってモジモジしている乙女がいれば、そっとその背中を押してあげる。」
ニャー・・・ニャー・・・ニャー・・・
「それが私の行動理念にして、私の生き甲斐なの・・・」
「・・・・・・」
「ダウト・・・」
「ちょ!!!瑛琶!!!それ、どういう意味!!!?」
「17年間・・・長く生きてきたわけじゃないけど、とりあえず被ってる猫が後ろにあんなたくさん居るのを見たことなかったわ。」
「ムゥ〜!!」
「上目遣いで可愛くムクれるのはいいけど、悠真君はともかくとして、私は引っ掛からないわよ。」
瑛琶の言葉にややあって、夏音はため息をついた後にゆっくりとその真意を語り出した。
「瑛琶・・・今、インフルエンザって流行ってるの知ってる?」
その言葉に瑛琶も頷く。
「そう言えば、新型のインフルエンザが流行ってるとか・・・。まあ、あれだけテレビで報道してれば、自然と耳には入るわね。」
どうやら、今年のインフルエンザは新型で、毒性は弱いが、感染力はバカみたいに強いらしい。事実、大オケ研でも流行していて、部員の四分の一が感染した為、しばらくの間は開部休業状態・・・つまりは参加したい人間だけが参加する状態が続いてる。
そして、主力である瑛琶は部長からの命令で暫くの間感染しない様に自宅練習をするように言われていたりするのだが・・・。
「でも、それがどうしたの?」
「・・・実はさ・・・紗綾もなの。」
夏音のその言葉に瑛琶は「そう言えばこの頃学校で紗綾を見ないな〜」と感じる。
「大丈夫なのかな・・・。でも、部長に言われてオケ研参加してない身じゃお見舞いも行けないし・・・。今夜あたり電話してみようかしら・・・。」
それはただの独り言のつもりだった。なのに、それを聞いた夏音は激怒して、
「電話なんてしなくていいの!!!」
と声を張って言い返す。
一体どうしたというんだろう。普段なら落ち着いてる印象の強い彼女らしくないというかなんというか・・・。ともかくこういう彼女を見るのは中々に珍しい。
これは・・・なんというか、その想いの真意を確かめてみたいなぁ〜なんて思っていた矢先のこと・・・。
コーン・・・コーン・・・コーン・・・
同じ波長の重い鐘の音がスピーカーから響き渡る。
そして、
「ヤバッ!!」
と夏音が慌てる。
ちなみに、これは珍しいことでもなんでもなくって、彼女だけでなく瑛琶も慌てていた。
そう・・・あの鐘の音は予鈴だ。
彩桜高等部の朝は原則として午前八時までに登校し、午後八時五分までに教室に入ることが義務付けられている。
しかし、予鈴が鳴るのはその3分前・・・。つまり、普段なら既にすでに教室に入っていなければならない時間。
「じゃ!! 瑛琶!!! 話は後で!!! いい!! 昼休みに屋上で!!! もし来なかったら・・・わかってるわね・・・。」
なんだろう・・・最後の「わかってるわね」の部分の恐怖の威圧感は・・・。
で、昼休み・・・
結局瑛琶は夏音に呼び出されるがままに、屋上に行くことになってしまった。
こういう所で瑛琶自身気が付いてないお人好しな部分が出てしまう。そして、夏音が彼女を呼び出したのも、おそらくこの性分を知ってのことだろう。
屋上は、本来なら立ち入り禁止で一応鍵がかかっている場所なのだが、ちょっと工夫して扉を揺らすと鍵が簡単に開いてしまう事から、これを知っているごく少数の生徒達の間では一人になりたい時や風に当たりたい時に利用することが多いらしい。
ちなみに、「らしい」・・・というのは、瑛琶自身、ここで誰かと鉢合わせしたことが無いことに由来する。大体、これは夏音に聞いた話だし・・・
まあ、ともかく、ここへの入り方を知っている生徒は多く見積もっても一桁と明は言っていたし、おそらくその通りなのだろう。
で・・・
瑛琶が屋上へと続く階段を昇り、屋上へと続くドアを開けると・・・
まるで全身を吹き抜けていくような涼しい風が彼女の髪を揺らした。
「いまさらどうこう言いたいわけじゃないけどさ・・・。」
と呟いたのはテラスに背を預けるようにしてこちらを向いている夏音だった。
「何でその髪、校則に引っ掛からないのかしら。薄い茶髪だし、長いし・・・」
酷い!! この髪すっごく気に入ってるのに!! 大体、自分だって解けば十分に長いじゃない!! それに彼女にだけは校則どうこう言われたくない!!! 研究室で毎日怪しい薬調合してる癖に!!
その言葉に少々ムッとした瑛琶は・・・
「そんなことを言う為にわざわざ呼び出したの? 用が済んだんだったら、喜んで私は帰るけど・・・。」
と言って背を向けて帰ろうとする。
すると・・・
いつの間にか・・・
本当にいつの間にか!!!
まだ振り返って間もないというのに、瑛琶は自分のすぐ後ろに気配を感じる。
確か5m以上離れていた所に立っていたはずの夏音が、瑛琶のすぐ後ろにぴったりと瑛琶のすぐ後ろに立っていて・・・
普通の人間なら、間違いなく声を上げて驚いただろう。しかし、夏音と1年以上一緒に居る瑛琶にとってはこんなの日常茶飯事だったので、
ただ・・・
「いつから科学者から超能力者にジョブチェンジしたの?」
と少し嫌味を込めて後ろで自分の肩を掴む少女に言ってやる。
と・・・
「まあまあ・・・そう言わずに・・・」
と言って超笑顔の夏音は静かに耳元で囁くように話す。
「ところでさ、瑛琶・・・あなたって意外と運動音痴よね・・・。」
なんだろう? 嫌味を言って感情が高ぶり、冷静さを失った時を見計らって言葉で丸め込もうという作戦か・・・悪いけど、そうはいかない。
「そうね・・・私、体弱いし、誰かみたいに無尽蔵に体力のある女の子とは違うから・・・」
ならば嫌味で返す。
言葉での争いなら、一年間一緒に居た彼女に鍛えられたおかげで負ける気がしない。
「無尽蔵とは酷いわね!! これでも有限よ!!! 」
よし!!!掛かった!!後は畳み掛けるだけ!!!
「そう?でも・・・」
「私が言いたいのはそう言うことじゃないの?」
え?
そういう作戦じゃないの? じゃあ、どんな作戦?
「私が言いたいのはぁ〜・・・」
そう言ってまるでスローモーションのように彼女の手が伸びる。のばされた手は瑛琶の文字通り目の前に・・・そして、その先には数枚の紙が握られている。
良く見るとそれは写真のようで・・・。
どれも同じ女の子が映っていた。
なんというか・・・中学生の女の子が転んで痛みにかわいく顔を歪めながらM字開脚してる写真とか、必死に走ってて胸が揺れてる写真とか、汗をかきながらストローでスポーツドリンクを飲んでいる写真とか・・・
うん。どれもよく撮れている。編集次第では上質な写真集になるだろう。
でも、注目すべきはそこでは無く・・・
「何であなた私の中学の時の写真持ってるのよ〜!!!!! 」
もうヤダ!!! この人の神秘には慣れてきたつもりだったけど、どこからこんな恥ずかしい写真を入手してくるのだろう!! ってか、なんで持っているんだろう!!! 私と夏音の中学は地区はおろか県すら違うはずなのに!!!
「何で持ってるって・・・まあ、乙女の秘密よ・・・。」
またそれか!!! ってかそんなことするのはもう乙女じゃない!!!
涙目になって必死に写真を取り返そうとする瑛琶だが、先程も言った通り、運動音痴の彼女がガンダム並のスペックを誇る夏音に敵う訳が無い。ってか単に弄ばれるだけだったりする。
「さて、困ったわ。瑛琶が私の話を聞いてくれないと、私ショックで思わずこの写真を・・・」
「うわ〜デジャヴ・・・その言葉前に聞いたことがある気がする。」
「・・・ありもしない法人団体をでっちあげて、そこから彩桜学園初等部から大学部まで全ての生徒に焼き増ししたこの写真を郵送してしまうかも知れないわ・・・。」
酷くなっていた。
さて、どこに突っ込むべきだろう。ありもしない法人団体をでっちあげること?それとも全校生徒の自宅住所を知っていること?
いや、それはともかくとして・・・
「アナタは最低の友達よ!! この外道女!!! 」
まあ、最初はまずこれだろう。ってか、ここまでするなんて、もはや友達かどうかも疑わしい。
「さて・・・瑛琶ちゃん。かわいいかわいい夏音ちゃんのお願い・・・聞く気になったかなぁ?」
「・・・グスッ・・・聞くわよ・・・」
「・・・シャ・シ・ン・・・」
「どうか聞かせて下さい!!!夏音様!!!」
「よろしい・・・」
とりあえず、この人だけはいつか絶対に殺そう・・・。瑛琶はそう思いを強くした。
「さて、本題よ。まったく、瑛琶が正直に最初から聞けばこんなに長くならなかったのに・・・。」
「・・・・・・」
「そんな怖い眼しないでよ。あなたにとってもいい話なんだから。」
「・・・・・・」
「そんな疑いの眼差しをこっちに向けないで・・・ところでさ、瑛琶・・・あんた、デートってしたことある? 」
その言葉に瑛琶はしばし怒りを忘れ、天を仰ぎ、記憶を逆戻ってみる。
まあ、特定の彼氏がいるんだし、デートぐらい・・・そう、デートぐらい・・・デートぐら・・・あれ?
「したこと・・・ないかも・・・。」
細い声で瑛琶はそう告げる。
そう・・・記憶を辿ってみると、確かに屋上で一緒にお弁当を食べたり、試合の応援に行ったりはしているが、何分、明は野球、瑛琶はバイオリンで忙しい為、中々そういう時間は取れなかった。確かに、自宅でこの前、一緒に映画を見たりはしたが、あれがデートかと言われると疑わしい。
「そう。だから、この私が2人にデートをさせてあげようって言うの。どう? 悪くない話でしょ? 」
自信たっぷりにニコニコしながら言う夏音。確かに悪い話ではないが、でも・・・
「どういうつもり?」
そう・・・夏音が自分以外の誰かの利益のためだけに動くなんてそんなリリカルなことがあるはずが無い。
それが例え世界の終わりだとしても・・・。
いや、夏音ならあるいは世界が終っても生きてるかも知れないけど、まあそんあことはおいといて・・・。
その問いに対し、夏音はニコニコ笑って・・・
「さっき言ったじゃない。紗綾がインフルエンザだって・・・」
そう呟く。
・・・
・・・・・・
「まさか!!!」
「そう。そのまさか・・・流石、瑛琶。アッタマ良い〜。」
「抜け駆けするつもり!!? 紗綾ちゃんがインフルエンザで登校できないのをいいことに!!! 」
「あら〜・・・抜け駆けなんて人聞きの悪い。これはいうなれば・・・そう!! 仕返しよ!!! 」
「仕返し?」
「私ね・・・なんとなく感じるの・・・」
「? 何を?」
「なんか年明けたぐらいになったら悠真と紗綾が2人でハンバーガー屋に行ってる気がするんだ〜・・・」
詳しくは”小さな魔法の使い方”をご覧ください。でも、今言うべきなのはそんなことじゃなくって・・・
「だから、いつの間にマッドサイエンティストから予知能力者にジョブチェンジしたの・・・」
なんでこの人、未来のことを完璧に言い当てているのだろう。まあ、時系列順に書かない作者が悪いといわれてしまえばそれまでなのだが・・・。
「ってことで紗綾が休んでる今が私にとっての先制攻撃のチャンスってわけ。もちろん、私はフェアプレイの精神を持ってるから、紗綾が悠真と2人きりでハンバーガー食べに行ってもその時は一切口出ししないし、後も付けない。」
「まあ・・・それなら問題ない気もしなくはないけど・・・」
「そして、あなたにはその証人になってもらいたいの。でも、一人で悠真と私がデートしてるのを付いてこられても正直迷惑なだけだから、瑛琶も明とついでにデートしてもらって、ダブルデートで行こうって作戦。どう?」
「うん。とりあえず、一人で付いていくとしたら私がどれだけ肩身の狭い思いするか考えよっか・・・。」
「そんなことどうでもいいの。それより、この提案。受ける? それとも受けない? 」
そりゃ悪い気はしないし、どちらかというと受けたいけど・・・
「でも、明はどうするの? きっと、野球部の練習で来れないんじゃ・・・」
「大丈夫。野球部もインフルエンザ流行ってて、休部してるから。」
あぁ・・・なるほど・・・そこまで見越しての提案か・・・流石、夏音と言うべきか・・・
まあ・・・それなら・・・
「わかった。いいわよ。但し、デート終わった休み明けには、ちゃんとさっきの・・・」
「『写真・ネガ・データカード等あの写真に関係するすべての物を渡してね。』でしょ。わかってるわよ。じゃ、明日の朝9時に八王子駅前集合ね。」
「了解。」
こうして、瑛琶と夏音のダブルデートは決行されることになった。
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